木守り

一番奥のビニールハウスの前には、ハッサクの木が大きく育っている。今シーズンも30個近くの実をつけ、年末に収穫、二ヶ月ほど熟成してちょうど今食べごろ。毎日のように食事の後のフルーツとして楽しんでいる。

さて、このハッサクの木のてっぺんに、一つだけ実が残っている。

それを見て、以前、庭師さんが、「木守りですか?」と言われた。意味がわからなかったが、どうやら、木を守るために、わざと果実を残しておくことのようだ。

もちろん、そんな意図があって残したのではなく、収穫バサミがどうしてもこの実には届かなかったためだ。実際、こうして写真を撮るのもうまくいかない。

「まあ一つぐらいはいいか、小鳥たちの餌にでもなれば」という感じだったのだ。それに、このまましておいたらどうなるのだろうという興味もある。

ただ、この実が収穫できなかったように、ハッサク自体かなり樹高も高くなり、剪定が必要な状態だ。

木守りが残っている枝を剪定するか、そのままにするか、毎日のように眺めては悩んでいる。

レザークラフト講習会

先日、スタッフのU君のウエストポーチが壊れたので、買い替えるという話を聞いた。

見せてもらったら、一番力がかかるところの縫い糸が劣化して切れていただけ。これなら容易に修理できる。

ハサミ入れ(この頃はフローリストケースとか呼ぶらしいが)をはじめとして皮革のツール入れはこの仕事をしていると必携だが、長年使っていると土をはじめ、日光や水分などで劣化して糸がほつれることは日常茶飯事だ。

買い替えも選択肢だが、使い慣れたものは再び手に入らないことも多い。レザーの補修はいつの間にか身についた。まあ、こんなことを言っていると、当店スタッフにはかつてレザークラフトの教室をしていたような強者もいらっしゃるので、笑われてしまうレベルなのだが。

Uくんのポーチも今日の休憩時間を使って修理することとなった。使うのはレザー用の針と糸のみ。

最初と最後だけ手を貸したが、途中試しに本人にも縫ってもらうことにした。ぎこちない手つきながら、もともと穴が空いているところに通していくだけなので決して難しくはない。

休憩時間を少しオーバーしたが、無事に修理完了。ミニレザークラフト講習会であった。

革製品は使えば使うほど風合いも増す。そのうえ、修理したものはなおさら愛着が湧くものだ。きっとまだしばらく使えることだろう。

大事な壁紙

今日は梱包担当のスタッフさんが、遠方のご家族のお見舞いで急にお休み。そのため朝からがっつり梱包作業に勤しむこととなった。

梱包担当スタッフによって作業スタイルは色々なので、好きにしてもらうようお願いしているのだが、自分の場合は後の掃除なども考えて、机の上に新聞紙を引いて作業する。

だが、新聞の内容によっては気が散って作業に支障が出ることがある。パソコンやスマホの壁紙に気を使う人がいるのと同じように、背景はなかなか大切なようだ。

敷いてはダメな紙面

紙面に興味のある内容が書かれていたりすると、しばし読んでしまったりして仕事が中断してしまう。どうやら気が散りやすい自分にとっては作業中に敷く新聞紙も気をつけねばならないようだ。

株式市況は気が散らない

結局落ち着いたのは、ほとんど関心のないテレビ欄か、株式市況のページを逆さまにして広げておくこと。こうしたらまず大丈夫のようだ。

ダメなのは書評とかだが、関心のない芸能人のエッセイなどもつい作業しながらだと読んでしまうようだ。我ながら不思議である。

今日は最適な株式のページが見つかったのでスムーズに作業が進んだ。

午前中の成果

当店スタッフにも株主さんがいらっしゃるようだが、そういう方々はこういう背景でも気が散ることがあるのだろうか。いつか尋ねてみたい。

ハーブ的な考え方で

ビニールハウスの入り口に、ヘイゼル(ヘイゼルナッツ)が育っている。十年以上前だろうか、種子を蒔いたところ、いつのまにか6メートルぐらいまでに大きくなった。

もちろん、ヘイゼルナッツが食べられるといいがという程度の気持ちで植えているのだが、花は咲けども、なかなか結実しない。樹木医さんのアドバイスで剪定してみたりもしたのだが、あと一歩が進まない感じだ。

収穫が期待できないこんな時「あきらめて他のものに植え替えてしまおう」という選択肢もあるが、夏から秋までは葉が繁ってよい影を作るし、秋の黄葉はなかなか綺麗だ。それだけでもまあ、植えておいてもいいかなと思える。

なにかで読んだが、枝はダウジングのロッドに使えるという。いつかまた井戸でも掘ろうという時には役に立ちそうだ(ないとは思うが)。

まっすぐに伸びる枝は、杖にも使えるそうだ。今から少しずつ老後のために準備しておいても良さそうだ。

また、仲間である日本のハシバミの枝は工具の柄にも使われるとのこと。ヘイゼルも使ってみても良いかもしれない。今まで剪定枝は薪に使っていたが、形の良いものは乾燥させて少しとっておこう。

こうしてみると、実がならないからといって切ってしまうのは惜しい。むしろ、食べるよりも他の面での活用が重みを増してくる。実がならなくても、いいじゃないか。そんな気持ちでいれば、そのうち実もつけてくれる日がくるかもしれない。

霜を愛でる

気温は低めだが、風もなく、晴れて穏やかな1日だった。

もちろん、風がなくて寒い朝だったので、地面には霜がびっしり。ようやく伸びてきたハーブたちの新芽についた霜も見事なほどだ。

こちらはフィバーフュー。霜がつくと、なんだかわからないような姿になっていた。だが、とても綺麗だ。

冬に植え替えて、どうやら根づいたと思われるレモンタイムの葉にも霜がびっしり。これぐらいの寒さではびくともしないはずだが、ちょっとだけ心配になる。

この霜も10時ぐらいにはすっかり消えて普段通りに戻った。

こちらは綺麗だとかといって目を楽しませているが、植物たちにとっては迷惑な話かもしれない。