怪我の功名

10月である。一年で考えてみるともう10月という感じだが、この秋だけを考えてみると、まだ10月なんだという思いのほうが強い。

ここ数年の栽培記録を眺めてみても、今年の秋は早く訪れたということがよくわかる。

特に、ビニールハウスで、夏の日よけのためにかけている寒冷紗を外した時期が例年より格段に早かった。お彼岸ぐらいになってようやく外す年もあったのに、今年は8月の終わり頃から徐々に外していったほどだ。

毎年、寒冷紗を外すタイミングには結構頭を悩ませられる。寒冷紗を外した途端、暑さが戻ったり、つけたままでいるときにかぎって曇天の日が続いたりというジンクスに見舞われる。だが、今年はなんとかジンクスを避けることができたようだ。

ちなみに寒冷紗というのは、日光を遮るための薄い布(というか糸を荒く編んだもの・・といえばいいのかな)である。以前は綿や麻の糸でできていたが、この頃は光を反射して遮光性を高めた化学繊維で織られたフィルム状のものが多い。近年は家庭でも日よけネットとして使われているので見る機会も増えてきた。
寒冷紗
強い夏の日差しは小さい苗を育てるのには悩みの種である。理想を言えば、上に大きな落葉樹でもあって、夏は苗に優しい木漏れ日がさす・・・なんていう環境なら最高かもしれない。ところが、そう都合はよくないので、比較的簡単な対策としてビニールハウスに寒冷紗をかけて強烈な日光を遮るのだ。

以前のエントリー「寒冷紗」でも書いているように、寒冷紗は取り付けが結構面倒臭い。かつての苦い経験から、内側に張るようになったのだが、一番上の部分を取り付ける時など、ビニールハウス中の熱気が集中して曇りでも相当暑い。40メートルのビニールハウスに張ろうものなら、脚立の上り下りだけでも疲労困憊必至である。もちろん、外す時も。

外した後は、40メートル×7メートルものフィルムをたたむのがまた一苦労。ぐるぐるっとまとめておけば良いというものではない。次に取り付ける時のことを考えて広げやすいようにたたむ必要がある。

以前はビニールハウスのかまぼこ状の背を使って、片方からもう一方に引っ張りながら蛇腹状にたたんでいた。これも二人掛かりで何十分もかかる結構な作業だった。

ところが、数年前の大雪以降、雪害対策に内側に補強パイプが加わった。そのため、内側に張ることができなくなったのだ。
補強パイプ
頭を抱えてしまったが、補強パイプを使って貼らざるを得ないので、寒冷紗を切り分けて張ることにした。大きなフィルムを切るのはためらわれたのだが、切ってしまうなら、ついでに・・・と2、3メートル角に小さく切り離してしまった。

結果、ビニールハウスの必要なところだけに張ることができるようになった上、取り付け、取り外し、たたむことも一人でできるようになった。以前より低い位置なので、高い脚立に上がらなくても済む。

寒冷紗
小さいサイズだと部分的に日陰が作れるようになった

それまでは、スタッフや仕事の都合が良く、天気が良い時を見計らって「せーの」で作業しないといけなかった。今ではちょっとした時間の隙間があれば、ひとりで、一部分だけでも片付けを進めることができるようになった。天気も関係ない。

寒冷紗
このサイズなら一人でも畳める

止むを得ず行ったことではあったが、いまとなっては怪我の功名かもと思っている。

菅笠ヒーロー

「暑さ寒さも彼岸まで」の、彼岸の入りを迎えた。

店頭のお客様との会話で
「今年のお彼岸はずいぶん涼しいですね」
という言葉がよく出てくる。

例年、「暑さ寒さも彼岸まで」と言いながら、暑さを我慢してここまで過ごしてきているのだが、今年はもう8月の終わり頃にはそれほど暑さを感じなかった。

体も楽だが、暑さに弱いハーブたちにとっては本当に過ごしやすい夏だったようで、苗の調子もこの時期にしては良好だ。

朝など、快適というよりも、寒さを感じるほど。

こんなとき困るのが、頭に何をかぶるかである。

朝は野球帽でもかぶっていないと、寂しくなった頭頂がますます寒さを感じる。

でも、野球帽をかぶっていられるのは、夜明け前や、陽が登ってしばらくまで。バタバタしていると、やはり暑くなってくるので、麦わら帽子に変わる。

軽く涼しい麦わら帽子をかぶっていると気分も軽やかに作業が進む。

麦わら帽子といえば、昔は子供とおじいさん、高原のお姉さんがかぶるイメージだったのだが、近年は現実的な暑さ対策に有効だったり、人気漫画の主人公の影響か、若いお兄さん方がかぶっているのもよく見かける。もちろん彼らはちょっとおしゃれなタイプで我々は作業用の安いぶんだが。

とはいっても、さすがに日中ちかくなると、この麦わら帽子でさえ、内側の縁が汗で濡れてきて不快さが増してくる。通気性が良いとはいえ、帽子の中も蒸れてくる。少ない頭髪にもよくない。
菅笠
なので、この時期まだまだ手放せないのが竹笠(菅笠)である。昨年から使い始めたのだが、「夏はこれなしには過ごせません!!」というほど愛用している。

遮光性、通気性とも言うことなし。物理的に頭から離れているので蒸れというものがありえない。

また、使ってみて気づいたのが「雨に強い」こと。麦わら帽子は雨に濡れるとてきめんに弱い。濡らすべきではない。濡れたらきちんと乾かさないと大変なことになる。以前、雨に濡れたまま翌日までビニールハウスにおいていたら見事に全体が緑のカビに覆われてしまった。その点、菅笠はちょっとした雨では中には浸みてこない。少しの雨なら、傘がなくても大丈夫だったりする。にわか雨の多い山陰ではなおさらありがたい。

もう、菅笠のない夏など考えられないほどである。考え出した人に感謝である。

もちろん、難点もある。構造的に近くで大きい音がすると、ものすごく響くのだ。耕運機や草刈機のエンジン音が反響するように耳を直撃する。サンダーという切断工具を使った時は、菅笠を外さざるを得なかった。

そしてもうひとつは、社会の認知度。初めてかぶる時は実際、恥ずかしかった。菅笠姿の私を見た人の感想も、「ベトナム土産ですか」というのが一番多く、次が「お遍路さんにいかれましたか?」である。

実際、時々チェックするのだが、周りで農作業をしている人を見ても、菅笠率は極めて低い。こんなに快適なのに不思議に思う。

ましてや、街中では・・・。真夏なら、麦わら帽子を被って、例えば図書館に行ってももうそれほど目立つことはないだろう。でも、菅笠をかぶって行ったら相当視線を感じることになりそうだ。

でも、なんと言われようとも、もう手放せない。

だれか、菅笠をかぶったヒーローが出てくる漫画でも書いてくれませんかねぇ。お遍路漫画でもいいですから。

香ばしい秋

夏の終わり、そして秋の始まりを感じさせるのがクン炭を焼く匂いだ。

稲刈りが始まり、脱穀した籾殻が、田んぼに盛られ、燻すようにして炭にする。
ゆっくりと、ゆっくりと、時には何日もかけて炭になる間、香ばしい香りが辺りにただよう。

この香りが苦手だという人も中にはいるが、確かな秋の訪れを感じさせてくれる、ちょっぴり切なさを感じさせる香り。いつもこの香りを嗅ぐとホッとする。

さて、秋が来るとなぜか飲みたくなってくるのが浜茶である。
カワラケツメイというマメ科の植物で作られたお茶だ。この頃は焙じたものが多い。地域によって「ネム茶」とか、「まめ茶」などとも呼ばれているようだが、この辺りでは、「浜茶」と呼ばれている。以前、聞いた話ではお隣の鳥取県・弓ヶ浜のあたりでよく作られているから「浜茶」というとかいわないとか。利尿作用のある、日本古来のハーブティーである。

秋の気配を感じると、浜茶を買いに行くのがここ数年の習慣のようになっている。毎年買っていた店に行ったら、今年はパックのものしかなかった。ちょっと風情に欠けるが、パックも作業途中の休憩時間に飲むには手軽だ。

浜茶
お客様からいただいた、出西窯のマグで。香ばしさが引き立つ

浜茶もまた香ばしさが特徴である。

そういえば、秋の味覚のサンマを始め、焼き芋、栗、最近ご無沙汰でもう香りも忘れつつある松茸焼き・・・秋は香ばしさと深く関わりがあるのかもしれない。

初秋の朝

朝夕の空気がとても気持ちが良い季節になってきた。

早朝、草にしっとりと露が降り、すこし歩くだけでも靴を濡らす。
朝の芝生
雑草混じりで、日中はみすぼらしく見える芝生も、この時間だけは別なのである。

さて、この芝生の隅に、何年前からかレウコジャム(レウコユム)が芽を出した。おそらく種子で飛んできたのだろうが、この圃場では地植えしているところはない。すべて鉢植えや苗で管理しているから、それらから落ちたのだろう。

きっと最初は一粒だったかもしれない。毎年ゆっくりではあるが、徐々に分球しているのか、年を追うごとに花の数が増えていく。
レウコジャム
スタッフも芝刈りをするときには気をつけているようで、芽を出す頃になるとこの周りだけは残している。

芝生にぽつんと咲いているのも、ちょっと寂しげではあるが、凛とした風情が伝わってくる。

今の時期、夏のくたびれでダラダラとなったハーブたちもたくさんある。それに比べ、こんなに繊細ながらもしゃんと背筋を伸ばしている姿をみるとこちらの気持ちまで引き締まってくるようだ。

そろそろ、周りからこぼれ種で芽を出してくるのがあるかもと時々チェックしている。来年の秋も楽しみである。

次に新調するべきもの

この時期、屋外での作業はタイミングが難しい。

安定しない天気、雨続きで乾かない地面。天気が回復しても、急な他の仕事の割り込みで後回しになることも多い。

秋からずっと伸び伸びになっていた作業が、畑の一角の耕耘。夏まではレモングラスなどを植えていたのだが、少し配置換えをしたくて(連作も良くないしね)、耕しておきたかったのだ。とりかかれば一時間もかからない作業なのに・・・。

鍬と耕耘機

さて、今日は朝から天気にも恵まれ、「今日こそ耕耘するぞ」と他の仕事も片付けた。とはいえ、とりかかることができたのは午後3時過ぎ。

この場所は圃場の端の奥まったところにあり、手前には芝生などもあるため大きな機械を入れるのは難しい。大型の耕耘機ならものの数分で耕せるのだが、いつも一人で持ち上げられる程度の小型の耕運機を使う。

倉庫から耕耘機を出し、エンジン始動。暖気も終わり、さあ、スタート!とスロットルを開ける。勢いよく刃が回り出した途端、すぐ下にあった枯れ草が絡まってエンスト。
「やれやれ」と、枯れ草を取り除いて再度スターターの紐を引く。
「カカコン・・・」
とスターターは回れどもエンジンはかからない。

20回、30回とスターターを引くのだが、エンジンが始動する気配はない。エンジンが温まる前に、自分の体が温まってきた。ジャンパーを脱ぐ。
もともと、中古で譲ってもらってもう10年以上使っている耕耘機。刃もだいぶ磨耗してきたし、そろそろ替え時かもしれない。

それでもと思って、再度確認。燃料OK、刃に絡まった草も取り除いた。だいぶプラグも古いしな・・・と、プラグレンチを持ってきてプラグを調べる。プラグも磨いて再度スターターを引き続ける。風は冷たいのに帽子の中も蒸れてきた。ついに帽子も脱ぐ。
しかし、エンジンが再び動きだす気配はない。

「こんなことしてたら日が暮れてしまう!」
と、耕耘機は放り出して、器具小屋から鍬を取り出す。

鍬を使うのも、久しぶりだ。これぐらいの場所ならそう時間もかからないだろう。

スターターを引きすぎて、自分自身のウォーミングアップは十分だ。鍬を振りかぶり(といっても軽く持ち上げる程度だが)、「ザクッ」と土に突き刺す。柄を軽く向こう側に押し出す感じで土を起こす。いつの間にか体に染み付いた動きだ。リズミカルにひと畝分が終了。汗をかかない程度に、焦らず続ける。

昔はとにかく力任せにスピード勝負という感じで耕していたが、あっという間に大汗をかいてダウンしていた。疲れないよう、ゆっくり、同じリズムで、いつの間にかひと畝が終わっているという感じがベストだということが、ずいぶん経ってからわかるようになった。

鍬をつかって嬉しいのは、作業が静かであること。聞こえるのは、鍬の刃が土に突き刺さる音と、時々聞こえる冬鳥の声だけ。静寂の中でただひたすら耕す作業は、心も耕している時間かもしれない。

これが耕運機だと、うるさいエンジン音の中、ひたすら作業が終わることだけを考えている。それに、大きな音でごまかされている感じでも、実際にはそれほど深く耕されているわけではない。さらに、耕している最中、石や古いラベルなどが出てきても、取り出す間も無くまた土に飲み込まれてしまう。厄介なヨモギやスギナの根が出てきても同様である。鍬ならば、少し手を休めて土を手入れすることも容易だ。耕運機で耕していると、土は耕す対象物という印象だが、鍬で耕していると、土はもっと近い存在に感じられるのだ。

以前、シルバー人材センターに勤めている知り合いから、高齢の方の畑を耕す作業を依頼されることがあるという話を伺った。しかも、耕運機ではなくて、「鍬で」という指定つきで。鍬の方が深く、しっかり耕せるというのが理由だそうだ。そもそもそんな仕事がシルバー人材センターにあるのもびっくりだし、70に近い方!がその作業をしているというのも驚きだ。もちろん時給も良いそうだが・・・。

さて、たまに他の方が使っている鍬を手に取ることがあるが、地域やその方の体格、耕す場所によって千差万別である。手が切れてしまうのではないかと思えるような鋭い刃や、持って、ものすごく重くてびっくりした鍬もある。きっと鍬自体の重さで耕すのが、その場所には適しているのだろう。

今自分が使っている鍬は二本。一本は、親戚が使っていた鍬のお下がり。もう一本はだいぶ前に買ったのだが、柄が折れてしまって、適当な柄をホームセンターで買ってきて直したもの。どちらも、決して今の私の体格や作業にぴったりとは言えない。もっと私の体にあう鍬ならさらに気持ちよく仕事ができるのではないかとときどき思う。

結局30分強で耕耘は完了した。程よく体が温まり、うっすらと汗を掻く程度。おそらく耕耘機で行っても15分から20分はかかるだろう。たぶん、あのまま耕耘機の修理を続けていたらまだ終わらなかったにちがいない。

耕耘機での作業の後残るのは、手のしびれだけ。鍬ならばプラス10分の作業で心地よい疲れと、はるかに大きな満足感。

耕耘機を新調するとなると、10万円近い出費や、燃料や修理にかかる維持費。まして今回のように予測しないトラブルがあると始めるまでにものすごく時間を取られる。作業の後のメンテナンスもバカにならない。新調したとしても、作業が今よりも早く楽になる可能性はほとんど無い。

これが鍬ならば、何分の一かの値段で自分の体にぴったりのものをあつらえることができるだろう。スタートも、倉庫から取り出すだけ。作業後の手入れも最低、水で土を落としておくだけで済む。きっと作業もずいぶんはかどることだろう。さらに「健康のため」なんて要素を入れてしまうと比較のできない価値になりそうだ。

うーむ、次に新調するべきなのは鍬なのかもしれない・・・。