仕事でも趣味でも、園芸に携わる者にとって、土のブレンドは水やりと同じぐらい永遠のテーマだと思う。
たとえ、毎年同じ植物を同じ時期に育てるような場合でも、近年の変化著しい天候に対応していくには、当然土の配合も変わらざるを得ない。
そのうえ、ここ数年は材料自体の入手の面で問題も出てきた。資材の生産元が生産をやめたり、販売元がなくなったりと、油断ができない。
すでにブレンド済みの培養土を使うとしても、価格の上昇は如実だ。
もちろん、我々のようにそれが仕事であればなおさらだし、同業者に会えば肥料の高騰についての悩みが話題となる。
圃場で使っている資材も例に漏れず年々価格上昇。腐葉土や赤玉土など、ポット上げなどに使う用土類はもちろんだが、挿し木や種まきに使う用土もここ10年で倍以上の値段になった。
挿し木や種まきに使う資材、当初は市販されているものをそのまま使っていたのだが、そのころからすでに、コストが悩みだった。
挿し木や種まき用だから少量で済むだろうと思うのは甘い。うまく発芽しなかったり途中で枯れたりすることもあって、廃棄する量も思いの外多い。
そんなこともあって、市販のものにパーライトやバーミキュライトなどを加え、いわば水増ししてコスト削減に努めていた。
さらに困ったのは、製品の度重なる仕様変更・価格変更。袋は変わらないのに、中身が明らかに変わっていることもあり、閉口したものだ。
こうした経緯もあり、なんとか挿し木・種まき用土を自前でブレンドできないかと模索を続けていた。
もちろん、専業のメーカーが作るものとはクオリティはもとよりコスト面で太刀打ちできないのは分かりきったことなので、むしろ、発根・発芽率を高めてポット上げまでの歩留まりを上昇できないかと試行錯誤を続けていた。
ただ、ひとつ壁になったのが、同業のA氏から聞いた言葉。
「なんとかならないかとずいぶん試してみたんですが、なかなか市販レベルのものは作れないですね・・・」
うちよりも歴史が古く、相当規模が大きい生産者でもそうなのかと思うとなかなか本腰を入れて取り組むことができなかった。
だが、昨年の秋、さまざまな資材が高騰したのをきっかけに、やはり歩留まりを高めるための挿し木・種まき用土が必要だという結論に落ち着いた。
まずはブレンド内容を模索する。
普通ならば市販されている用土を集めて、成分を調べるところだが、大量生産されている市販のブレンドに寄せる必要はない。まったく白紙の状態、むしろ自分たちが使いやすいブレンドに振るという方針でスタートすることにした。
ポイントは次の5つ
- 普段使い慣れている資材、かつ、安定して入手が可能な資材を使うこと。
- もう一つの悩みの種である、いままでの用土の苔の生えやすさを解決すること。
- ラベンダーをはじめ、発根・発芽まで長期間を要するハーブ類の増殖に向いていること
- できればコスト面でも市販の製品と遜色ないこと
- 吸水しやすく、水捌け・水もちの性質も両立させること
- 市販の用土と同程度またはそれ以上の発根・発芽率であること
こうして書き出してみるとなかなかハードルが高い。2番目と3番目については肥料を加えないことでなんとかなりそうだ。そもそも、発芽と発根には肥料分は必要ないので、市販の用土がわざわざ肥料を入れているのは我々にとってはむしろ余計なお世話だったりする(短期で発芽・発根するものについては有効だろう)
いちばん難しいのが最後の2つだ。挿木用土に限らず、用土類は乾燥すると水をはじきやすくなる。挿し木や種まきの直後に水やりをしようとしてもなかなか水が染み込んでくれなかったり、発芽・発根を待つ期間にうっかり乾かし過ぎてしまった時に水を吸わないで困ることもよくある。
その対策として展着剤や界面活性剤を使う手もあるが、いままで使ったことがないし、面倒くさそうなのでなんとか回避したい。同様に殺菌剤などのケミカルも使わない方針とする。
発根・発芽率は土の水分の安定が第一だが、肥料を使わないことで土が腐敗しにくいというアドバンテージはあると思う。また、肥料を入れない分、コスト面ではプラスに働きそうだ。
というような想定で試作ブレンドを作ってみた。最初の数回のブレンドは全くお話にならなかったが、この時点ですでに何が多すぎるのか、何が少なすぎるのかが混ぜてみただけでもわかる。このへんは経験のなせる技かもしれない。ポット上げに使う土でもそうだが、手や指の感触はとても大事だ。触ってみて気持ちがいい土は、おおよそ結果も良いものだ。
話はそれるが、挿し木や種まき用土は必ずしもブレンドでなくても良い。発根だけであれば、単用でかまわない。赤玉土やパーライト、砂だけでもいいし、種まきもバーミキュライトだけでかなりの種類に対応できる。実際そのようにしている園芸家も多い。ただ、いろいろな種類をいろいろな時期に挿し木・種まきしたり、主にプラグを使う場合はそれも難しいため、なるべく多くの種類に対応できるようなブレンド用土が必要となってくる。
さて、その後ブレンド・微調整を繰り返し、比較的良さそうなブレンドを二つ選び、今度は実際に使ってみる段階に入る。
この段階で、吸水や水持ち、発芽・発根についてはそこそこ使える土にはなっていたが、細かい点でいくつか不満が残った。
まず、土が渇きすぎるとサラサラになりやすく、水分をやや吸収しにくい。プラグに詰めたときに下の穴から流れ落ちてしまう。また、ポット上げするときに、プラグから取り出す時に根から用土が落ちてしまうのが気になった。
このあたりは、ココナッツピートとパーライトの割合を調整することで改善した。
また、砂が多かったせいか、土が固く締まりやすく、ごく細いタイムのような挿し木がやや困難だった。そのため、砂の量を調整した。
この変更で、渇き過ぎた時にも、今まで使っていたものよりも吸水がよくなったし、タイムの細い枝のような繊細な種類も容易に挿し木ができるようになった。
また、新ブレンドについて何にも伝えていなかったスタッフが「この土、手触りいいですね」と感想をくれ、思わずガッツポーズをしたくなった。
発芽・発根率については、市販のものと比較して特に優劣はつけにくかったのだが、長期間の使用という意味ではアドバンテージができたように思う。また、乾燥したあとの吸水性については市販のものよりいい感じを受ける(すべての市販のものとは比べていないのだが)。
残念ながら仕入れ規模という、いかんともしがたい条件により、コスト面では納得が行くほどの数字は出せなかった。
テスト期間も含め半年以上使ってみて、以降このブレンドを使って増殖を行うことになった。それなりに手間やコストもかかったが(テストに使ったブレンドやさし穂、種子なども決して少なくはないし)、長年の悩みが少し解消できた。いまのところこれといった不満もない。
もともと自分たちのために企画し、自分たちだけで使うつもりだったのだが、予想外にいいものができたのでお客様にも試してもらいたいと思い、販売に踏み切ることにした。特にラベンダーやローズマリー、タイムなどの発根や発芽まで時間がかかる挿し木や種まきに試していただければと思う。いままでよりも成果を高めたいという人はもちろん、どうしても挿し木や種まきがうまくいかないという初心者の方も使ってみてほしい。
逆にあまり必要ない場面もある。すぐに発芽して定植まで短期間の野菜や花、バジルなどの種まきや、ミントなどの発根率がとてもいいハーブ類。これらは市販の手に入りやすい種まき用土などで充分だと思う。
用土のブレンドは完成までに時間もコストもかかる。手間も多いが、取り組んでみるといろいろな問題も解決できて満足度も高い。
「無理でしょ」と言われても、一度は試してみることが大切だということがわかったのも大きな収穫だった。自分の年齢的にも、今後そういう場面は増えてきそうだし。