思い出の香り(2)

雨のスタートとなった新年度。

こんな仕事をしていると年度が変わったとか、月が変わったとかいうことがそれほど大きな意味を持たなくなる。

気温がはじめて氷点下になったとか、梅雨が明けたというような天候の変わり目の方がはるかに大きな節目だ。

とはいえ、周囲の新年度感や、新学期感はなんとなく伝わってくる。「気分を新たに」スタートしている人も多いのではないだろうか。

自分の場合、気分を新たにというよりも、この時期、「初心を忘れずに」という気持ちが強い。

もう25年近くになるだろうか。初めてハーブに出会ったのがこの季節。忘れもしない、米子市のアーケード街の中にある園芸店の店先に並んでいたちいさなポット苗にふと目が止まったのがハーブの実物と出会った最初だった。

それまで植物など育てたことはほとんどなかったのに、なぜか興味をひかれ、葉を触ってみた。

レモンバームと、タイムだった。指先に残った香りに驚きを受けた。

その一瞬の驚きはよほど鮮烈だったのだろう。いまでもこの時期にレモンバームとタイムの香りをかぐと当時に引き戻される。

レモンバーム
長年おなじ仕事を続けていると、垢がたまるように、慣れや惰性に自分が包まれてしまいやすい。日々、ハーブが周りにあるのが当然になり、ハーブをただの商品としてしか見れなくなったらもうこの仕事を続ける資格はないと思う。

そのような不要な垢を取り除くためにもこの時期、伸び始めたフレッシュな葉の香りを確かめる。

なので、レモンバームとタイム、とても平凡なハーブなのだが、私にとってこの二つは特別なのである。

太陽が低いので

12月、ついでに冬至前。寒い、日の出が遅いので、朝、ビニールハウスに入っても全く暖かさを感じない。
そもそも、曇りがちなこの季節、お日様も出ていなければハウス内があたたまるわけもないのだが。

夕方もあっという間に日が暮れるので、仕事が遅々として進まない。

太陽は低く、頼りなさげ。あの夏の容赦ない太陽光線はいったいどこへ行ってしまったのかという感じだ。

そもそも、山陰は日本海側特有の曇天続き、一週間に一度、半日でも青空が拝めれば御の字である。

もちろん、ハーブの成長は遅い。まだ冬は始まったばかりなのに、春になることばかり考えている。

ただ、愚痴をこぼしていてもはじまらない、こんな時にこそできる仕事、すべき仕事を見つけることが大事である。

春から秋は、仕事も多いし、仕事の途中で割り込んでくる雑多な用事も多い。時間をかけてゆっくり、丁寧に行う仕事は進めにくい。冬こそ、集中してそんな仕事に取り組むべき時期だ。

と、いうことで、今日行う仕事はナメクジ退治である。

※注意! ナメクジが苦手な方はこれ以降は読まれない方が良いかもしれません。

イモムシやバッタなど、葉を食い荒らす昆虫たちがなりをひそめている寒い時期でも、ナメクジだけは活動中。しかも、暖かいシーズンよりも一層目立たぬようしているせいか、本人たちを見かけることは少ないが、確かに痕跡を残している。

また、暖かい時期なら、カエルという天敵にお任せするということもできるが(というか、それしかできないが)、この時期はカエルもお休み中である。天敵も不在でやりたい放題させておくわけにはいかない。

場所は種まきをした鉢や、挿し木をしたプラグなどがまとめてあるビニールハウスだ。種まき後や挿し木をした後は、苗などよりもはるかに頻繁に水やりをするので湿り気も多い。さらに、発芽したばかりの柔らかい芽、挿し穂から落ちてくる葉など、美味しいものはたっぷり。しかも、プラグや鉢の下など、暗くて外敵が入ってきにくい隙間が豊富にある。しかも、結構暖かい。こんな暮らしやすい場所はないだろう。快適で、食べ物がたくさんあって、しかも安全。そんな場所があれば僕だって住みたい。

挿し木プラグ
挿し木をしたプラグの下は格好の隠れ家

寒い時期でも、ハーブの種類によっては種まきをすれば発芽するものがある。もちろん、成長は極めてゆっくりなので、貴重な発芽である。春に向けて大事に育てていきたいのに、それを無残に食い荒らされたのではたまらない。

ジャーマンカモミールの食害
上の写真も、せっかく発芽したジャーマンカモミールの種子だったのに、左下半分がごっそり食べられていた。

タイムの食害
こちらはタイム。ところどころ、茎を残して、上の方を食べられてしまったようだ。

普段、よく観察していないと、「発芽しないなあ・・・」と思っていたのに、実は食べられていただけだった。ということがよくある。ナメクジが活動するのが、主に暗い時間帯なので、現行犯逮捕につながりにくいのも厄介なのだ。

鉢やプラグをいちいちひっくり返して裏をチェックするなど、手間も根気もいるので、余裕があるこの時期にこそするべき仕事だ。ついでに、低い太陽が好都合だったりする。真夏の強い日差しの下では、暗がりになって見えにくいプラグの裏も、斜めから日が差すこの時期ならばよく見える。第一真夏に激アツのビニールハウス内でこんな仕事しても、長く続けられるわけもない。

ナメクジの排泄物
さて、ナメクジの痕跡はこれ、排泄物の跡だ。植物を食べた排泄物なのでさして汚いとは思わないが、あらためて見ると感心するぐらいだ。これぐらいたくさん付いていると大抵近くに潜んでいたりする。

 

ナメクジ
すぐ隣のプラグの裏で早速発見。結構複数でいることも多い。カップルなのか、寂しがり屋なのか?

 

鉢裏のナメクジ
鉢の裏の隙間は絶好の隠れ家だ。

ナメクジの卵
ときには、卵を見つけることもあるが、今日は見つからなかった。キラキラしていてとっても綺麗だが。
アシナガバチ
プラグをひっくり返していたら、こんな方もいらっしゃってちょっとびっくり。ここで冬越ししているようだ。ほとんど動かないので、危なくはないがやっぱり緊張する。
カエル
鉢の下で眠っていた子ガエルも発見。起こしてゴメン。春からまた頑張ってもらえるよう、チェックが済んだ鉢の近くへ移してやった。
陸貝
また、名前はわからないが、小さな陸貝もけっこう悪さをする。忙しい夏だと、この小ささでついつい見逃してしまいがち。でも、この時期なら入念に調べる気にもなる。

一つ一つ、プラグや鉢をひっくり返しては、裏を見回し、見つけては取り除く。さすがに全ての裏に見つかるほどではないけれど、5、6枚裏返していると一匹や二匹は見つかるのでそのたびに退場していただく。「キャッ、気持ち悪い」なんてことはないので、別に指で取り除いてもいいのだが、指に付いたヌルヌルは不快極まりない。性質的に隙間に入っていることも多いので、小枝や、はさみの先などでチョイと引っ掛けて落とすのだが、中にはかなり奥まったところにいらっしゃるので、引きずり出すのには苦労する。

「そういえば・・・」と、思い出して、店頭にあった害虫ばさみを持ってきた。
害虫ばさみ
なんてことない、小さな火バサミのようなものである。ただ、先端のつくりがかなり精度が高く、(全体的にも高いけど)この手の商品にあるようなちょっとしたイライラ感を沸かせるような粗雑さがなく、きっちり働いてくれる。火バサミでも、使っていると先端が開いてきて、つかみにくくなってくること、ありますよね。

しかも、この本気度の高いギザギザ!捕まえられたら観念するしかなさそうだ。もし、僕がナメクジだったら、このギザギザが迫ってきた瞬間、覚悟を決めてしまうだろう。
害虫ばさみでナメクジをキャッチ
奥の隙間に隠れているナメクジも確実キャッチ。うん、なかなか悪くない。取っ手中央部分の丸く拡がったところが上手く力を伝えるのだろうか、微妙な力の入れ加減もきっちり刃先に現れる。厚い手袋をしている時なんかには有効かもしれない。しかも、先端の合わせが良好なので相当小さなものも確実にキャッチできる。他の何かで代用することもできる、ちょっとした作業用のツールなのに、ここまで作り込む本気度はGoodである。

毛虫なんかも、種類がきちんとわかっていて、毒がないのなら、安心して「テデトール」できるのだが、年に何度かは、「これってなんだっけ?」という奴に遭遇することもある。そんな時にもよさそうだ。それに、さすがに手で掴むのはごめん願いたいムカデなんかも安心して掴めそうだ。ムカデって結構ツルツルしていてある意味ナメクジよりはるかに掴みにくいけど、このツールなら大丈夫だろう。

また、ピンセットでは弱すぎる、火バサミでは大きすぎという、ちょっとしたものを挟むのにも重宝しそう。ビニールハウスにも常備しておくと便利かも。

このまま、ここに置いておきたいが、店頭での作業用なので、見つかったら怒られそうだ。ビニールハウス用に一本調達しようか。

なんか、愚痴に始まり、最後は商品の紹介になってしまった。右上に、『広告』とはっきり表示しとかなきゃね。

 

害虫ばさみ

ジャーマンカモミール
タイム

冬を楽しむ余裕

寒い・・・。
立春の声を聞いても、まだ冬の寒さの峠を越えたという気にはならない。苗たちも毎日のように見回っても成長が見えるのはごくわずかだ。

日々の成長は少なくても、冬から春に移り変わる頃には、花の時期とはまた違った姿で目を楽しませてくれる。

ドーンバレータイム
昨年のうちはまだグリーンにまだらが残ってやや汚らしかったウインターセイボリーも、見事な赤紫に色づいてきた。ルビンバジルレッドジェノベーゼバジルも似たような葉色だが、初夏から夏の柔らかい葉のバジルとは違って、硬質な感じの葉が赤紫に変わるとよりいっそうシャープな印象を受ける。
ブルーマウンテンラベンダー
ラベンダー類も本来のシルバーっぽい色合いになりつつある。初めて育てると、「大丈夫だろうか?枯れてないだろうか?」と思わせるぐらい白っぽくなってしまう。でも、葉色としてはこちらのほうが美しい。花の時期までこの葉の色が保てれば花もいっそう引き立つだろうが、暖かくなるとどうしてもグリーンが増してくるのは致し方が無い。この株は外の畑の株なので割とシルバーっぽくなっているが、ハウスの中の苗はやはりもっとシルバーは弱い。
ドーンバレータイム
春先にその魅力を発揮するドーンバレータイムも、立春ぐらいから色を出し始める。斑入りの葉なのに、秋までは全くそのそぶりを見せない。斑が暑い時期に消えてしまう種類は、斑が消えてしまうのではないかと毎年気をもむが、この種類に関してはあまり心配はないようだ。

ドーンバレータイム

育苗中のドーンバレータイムの苗のうち、一株だけ先行して色づき始めた株があった。親株は同じなのに、どうしてこんな差が出るのか。土、日当り、水分、気温、ちょっとしたことが原因なのだろうが、いつも不思議に思ってしまう。冬はそんな変化を楽しむ余裕があると思えばまたよしなのかもしれない。

ウインターセイボリー
ドーンバレータイム

こんな場所にはこのハーブ-ワイルドクリーピングタイム

 

ワイルドクリーピングタイム
これは、当店の店の南側、ハーブたちの苗や鉢が並ぶエントランス部分。今年の春頃から伸びてきたワイルドクリーピングタイムが、非常に調子良く育ち、6月の終わりには花を咲かせた。

おおよそ、タイムの仲間はこういったレンガの隙間が大好きである。このレンガはいわゆるインターロッキングと同様な作り方がしてあるのでレンガとレンガの間に少し隙間がある。普通のレンガ敷だと、レンガの下はモルタルでガッチガチに固めるのだが、下は砂で基礎がしてあり透水性もある。そのため、こぼれ種で発芽したこのタイムもこれ幸いと細い隙間からどんどん根を下に伸ばしていったのだろう。

ワイルドクリーピングタイム
わずかなレンガの隙間に向かって根を伸ばしている

普通のお庭でも、レンガなどで作った花壇沿いのクリーピングタイムが妙に元気だと言うことは無いだろうか。レンガにそって下に下にと根を伸ばせる環境がタイムにとっては嬉しいようだ。当店が管理しているあるお庭でも、レンガの通路沿いが一番タイムが元気だったりす
る。

それでも、さすがにこの夏の暑さが耐えられるか心配だった。午前中は少し日陰になるものの午後からはほとんど日光を遮るものはなく、レンガが溜め込む熱も半端ではないだろう。タイムやラベンダーでよくあるのだが、秋に疲れでぱたっと枯れることもあるだろうと思っていた。

ワイルドクリーピングタイム
11月の終わりの様子

ところが冬を迎える今になっても元気なところを見ると、何ら問題が無かったようだ。さすがに、中央部は「グラウンドカバーのミントが枯れていきます」でも写真を載せているように、中央部分(古い部分)がやや葉が落ち始めている。この場合は土をくわえるわけにはいかないので、この冬に剪定をしてやろうと思う。

一つ残念なのは苗のようにすでにある程度根が伸びたものをこの場所に植え付けようとしても非常に困難でしかも成功率は低いということだ。以前、「ど根性ナントカ」で書いたようにこぼれ種や小さい株の時期からこの場所に根付こうとするものなら苦にならないと思うが。

 

(※お断りしておきますが、タイトルに「ワイルドクリーピングタイム」とつけたものの、この株はこぼれ種から生えてきた株で、厳密には「ワイルドクリーピ ングタイム」とは言えないかもしれません。ただ、近くにワイルドクリーピングタイムの株もあり、実際にこぼれ種でも増えやすい種類で、姿形も同様だったの でまず間違いは無いと思います。御了承ください。また、この種類に限らず、他の匍匐性のタイムも同じような場所を好むことが多いようです)

ワイルドクリーピングタイム

こんな場所にはこのハーブ-ゴールデンレモンタイム

タイムの仲間は、冬の間花こそ無いものの葉色が様々に変化していろいろな姿を見せる。赤く色づくもの、斑が鮮やかになっていくもの、夏の間明るいグリーンだった葉が落ち着いたグレーになってしまうものなど、見ていて楽しい。

中でもゴールデンレモンタイムは気温が低くなっていくとともに葉の鮮やかさが増してくる。ここ松江近辺だとおおよそ10月の半ばぐらいから葉がその名の通りゴールデンの色合いに変わってゆく。

 

ゴールデンレモンタイム

このお家ではお庭の通路部分と花壇部分の境界の彩りとしてゴールデンレモンタイムを30cm間隔ほどに植えていった。夏前の定植だったので、強い豪雨等による泥跳ねが心配だったし、通路部分がむき出しだと雑草もバカにならない。そこで、通路にはココナッツチップを撒いたところ、とても具合が良かったらしく、どの株も非常に調子が良い。

元々、匍匐性のタイム類はこういうレンガの縁のようなところに植えると結構ご機嫌なようでうまく行きやすい。根がレンガに沿って地中に伸びていくため、夏の暑さにも耐えるし、水はけも良いのだろう。

この場所は東向きで後ろの花壇がかなり背が高いセイジ類があるため、午後はほぼ日陰になる。そのため夏の間、葉焼けもせず(葉やけをするとまず点々のように葉に出てくる)、秋を迎えた。

元々が野菜畑だったところなのでやや肥料分が多すぎるようで、予想していたよりも育ちすぎた感じである。通路にもやや出過ぎのかんが否めないのでこの冬か春先にはいちどサッパリと切り詰めてやる必要はあるだろう。